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『キートンのセブン・チャンス』(1925年)監督・主演:バスター・キートン 第40回

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映画『キートンのセブン・チャンス』より
映画『キートンのセブン・チャンス』より - (C)MGM / Photofest / ゲッティイメージズ

 最初から最後までしょんぼりした表情のまま、ジャッキー・チェンもびっくりするような体を張ったスタントを顔色一つ変えずにこなしていく。100年前の映画黎明期に登場し、数々の傑作を残したバスター・キートンはチャップリンに較べると、一般への浸透度はやや低いが、先述のジャッキーやジョニー・デップウディ・アレンなどがこよなく愛する映画人として名を挙げる存在だ。(冨永由紀)

 数ある作品の中でも、転げ落ちる大量の岩石から逃げまどうシーンが有名な『キートンのセブン・チャンス』(1925)は90年以上も前の作品だが、斬新なアクションはもちろん、婚活コメディーとして現代にも十分通じる快作だ。

 主人公のジミー・シャノンは若き経営者。だが業績不振で倒産の危機に直面している。共同経営者のビリーと頭を抱えているところに、祖父の遺産相続話が転がり込む。そこにはたった一つ条件が。27歳の誕生日の午後7時までに結婚していること。その誕生日とはまさしく今日! 彼は迷わず意中の女性のもとに駆けつける。

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 実はその前段、映画のオープニング・シーンでは、デートを重ねながらいつまで経っても彼女にプロポーズできないジミーの様子が描かれている。ゆえに一日千秋の思いで待っていた彼女も大喜びするのだが、安堵したジミーが遺産相続について話し、「“誰か”と結婚しなければならなかったんだ」とうっかり口をすべらせたことから、彼女は機嫌を損ね、求婚をつっぱねてしまう。

 かくして他に結婚したい相手はいないけれど、会社を潰すわけにはいかないから、と捨て身のプロポーズ大作戦が始まる。ビリーとクラブに出かけて、気に入った女性にいきなり求婚しては鼻で笑われ、今度は街へ飛び出して手当たり次第に声をかけていく。だが、きれいな身なりの女性の後を追いかけてみたら黒人だったり、やけに素っ気ない女性が手にしているのがヘブライ語の新聞でユダヤ系だとわかると、人違いでしたとばかりに次へ行く。現代ならあり得ない差別的な描写も笑いの種として通じていた時代の空気を知ることができて興味深い。

 物語を動かしていく鍵は、タイミングだ。ちょっとしたボタンのかけ違いやすれ違い、間の悪さを描くタイミングが鮮やかだ。そこに欠かせないのが、思い詰めたように一点を見つめるキートンの表情。何かに気をとられた彼の周囲でいろいろなことが起きる。無表情でそれに気づかぬまま、偶然の助けによってアクシデントをかわしていくさまが、無表情であるゆえに余計におかしく、キートンの優れた身体能力を際立たせる。ヴォードビリアン(軽演劇俳優)の両親を持ち、幼児の頃から舞台で父親から「人間モップ」として振り回される芸を泣きもせずに演じていたという筋金入りの無表情とアクションのギャップはまさに至芸だ。

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 話を『セブン・チャンス』に戻す。誰からも見向きもされず、刻々と期限の時刻が迫る中、なんと遺産相続を売り文句に花嫁募集の新聞広告を打つと、ウエディングベールを被った女性たちが大挙して教会に押し寄せる。恐れをなしたジミーが教会から逃げ出し、怒った花嫁候補たちに追いかけられるシーンは圧巻。大通りを駆け抜け、スーツ姿のまま川へ飛び込み、スーパーマリオばりに崖から崖に飛び移り、次は高い木に飛び移り、急斜面を駆け下りる。上からの落石は小石程度のものに、どんどん大きな石が交じり、等身大の岩石が落ちてくる。実は当初、この場面はボーリングのボール大の石が3つ出てくるだけだったという。それを必死に避けるシーンが試写で大爆笑を呼んだのを見て、石の数を大幅に増やして追加撮影したのが本編のシーンだ。ハリボテなのは一目瞭然だが、懸命にかわすさまは実にダイナミックだ。

 ちなみに、婚活に励むジミーが言い寄ろうとする相手の1人、オフィスの受付係を演じているのはジーン・アーサー。後にフランク・キャプラの『オペラハット』(1936)や『シェーン』(1953)などで知られる彼女は、本を読みながら指輪がはめられた左手をこれ見よがしにつきつけて笑顔で撃退する。

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 サイレント映画の喜劇王といえばチャップリンの存在が大きいが、情に訴えかけるチャップリン作品に対してキートンはもっとドライに、純粋にアクションとタイミングで笑わせることに徹した。単純に見せかけた計算し尽くされた芸は時代を超えた求心力を持つ。実は『キートンのセブン・チャンス』は1999年にクリス・オドネル主演作『プロポーズ』としてリメイクされている。花嫁たちから追い回されるシーンを再現しても、オリジナルの魅力に遠く及ばなかったことからも、いかにキートン作品の完成度が高かったかがわかる。

 良い映画に欠かせないものは何か。意見は人それぞれだが、絶対に外せないのは素晴らしい映像だ。よく練られた脚本も、俳優の名演も、それをとらえた映像がなければ“映画”にはならない。映画黎明期、まだ音のなかったサイレント作品には、映像だけで観客を楽しませる工夫がこらしてある。シンプルにして、基本の基本をおさえた映画の原点。だからこそ、名作は100年近くたった今でも新鮮な驚きを与えてくれる。

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