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『Mank/マンク』を観る前に知っておきたい7つのこと

Mank/マンク

 現在Netflixで配信されている鬼才デヴィッド・フィンチャーの最新作『Mank/マンク』は、“史上最高の映画”と呼ばれることも多い古典的名作『市民ケーン』(1941年)の誕生秘話にスポットを当てた人間ドラマ。完璧主義者で知られるフィンチャーならではのクオリティーの高さから、Netflixオリジナル作品では初のアカデミー作品賞受賞もあり得ると言われている注目作だ。

 ただ、映画全体が複雑な構造になっており、また劇中に登場するいくつかの史実や人名など多少の前知識を入れておかないと、理解しづらい部分があるのは事実。逆に言えば、多少の前知識さえアタマに入れておけば、作品がさらに深く楽しめる作りになっている。そこで『Mank/マンク』を観る前に知っておくときっと得することを7つ、かいつまんで紹介したい。(村山章)

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映画史上最高傑作『市民ケーン』ってどんな映画?

Mank/マンク

 『Mank/マンク』の主人公は『市民ケーン』の脚本家、ハーマン・J・マンキウィッツゲイリー・オールドマン)、通称“マンク”だ。演劇界の天才児として名を馳せていたオーソン・ウェルズトム・バーク)から依頼されて『市民ケーン』の脚本を書き上げるまでの顛末が、黄金時代のハリウッドの点描を交えて描かれていく。

 『市民ケーン』は新聞王として成功を収めた大富豪ケーンの物語で、城のような大豪邸に暮らすケーンは「バラの蕾」という不可解な言葉を遺して死んでしまう。ケーンについて取材することになった記者は、ゆかりの人物を訪ね歩き、カリスマ的で、破天荒で、スキャンダラスな人生から「バラの蕾」の謎を解き明かそうと試みる……。

 ケーンは実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしており、絶大な富と権力を持っていたハーストは、『市民ケーン』に対してさまざまな妨害を行った。では、なぜマンクはわざわざハーストを激怒させるような脚本を書いたのか? その真相にひとつの解釈を提示したのが『Mank/マンク』なのである。

新聞王W・R・ハーストってどんな人?

Mank/マンク

 ハーストは『Mank/マンク』にも重要キャラとして登場し、名優チャールズ・ダンスが演じている。ハーストは「売れるなら多少のウソや捏造はOK!」というヤバい方針で自社新聞の部数を伸ばし、ラジオ局などを次々と買収。メディアを牛耳っただけでなく、政界にも進出した。そしてマリオン・デイヴィス(劇中ではアマンダ・セイフライドが演じた)という愛人を映画スターにしようと、なんと映画会社まで作ってしまったのだ!

 ハーストと彼の支持者が『市民ケーン』を憎んだのは、ハーストとマリオンの関係をゴシップ的に取り上げて揶揄していたからだと言われている。『市民ケーン』のケーンは、ハーストと同じように親の財産を受け継ぎ、若くして新聞社経営に乗り出し、愛人(ケーンの場合は二番目の妻)のためにオペラ公演を開催して系列新聞に絶賛レビューを載せようとする。他にもケーンとハーストには共通点が山程あって、ハーストが不快に思ったのも当然だろう。

 一方でマンクは、ハーストが開くパーティーの常連であり、マリオンとも親交があった。ハースト、マリオン、マンクの関係の変化は『Mank/マンク』においても重要なキーになっているのである。

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オーソン・ウェルズとマンキウィッツはなぜモメた?

Mank/マンク

 ハーストとマンクとは別に、『Mank/マンク』において重要なのが、『市民ケーン』の監督兼主演であるオーソン・ウェルズとの関係だ。ウェルズは24歳の若さで演劇界からハリウッドに招かれ、映画スタジオの制約をほとんど受けることなく初監督作を作っていいという破格の待遇で迎えられた。

 そしてマンクに『市民ケーン』の脚本を依頼するのだが、脚本のクレジットをめぐってマンクとウェルズは大モメすることになる。当初の契約ではマンクの名前は載らないことになっていたのだが、マンクが公に「脚本を書いたのはオレだ!」と名乗り出たのだ。

 最終的に、脚本はマンクとウェルズの共同名義としてクレジットされるのだが、それでもマンクは「脚本は自分が単独で書いた」と主張を続けた。『Mank/マンク』ではこの論争については大きく扱っていないが、『市民ケーン』が完成するまでの経緯はざっくりとでも知っておくといいだろう。

 ちなみに「脚本を書いたのは誰か?」については、その後の研究で、初稿はマンクがほぼ単独で書き上げ、その後ウェルズの手も加わって撮影用の脚本が完成したという結論が現在では主流になっている。

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鬼才デヴィッド・フィンチャーが父ジャックの遺稿を映画化

Mank/マンク

 『Mank/マンク』の脚本は、デヴィッド・フィンチャー監督の父親でジャーナリストだったジャック・フィンチャーが執筆した。ジャックは『市民ケーン』が大のお気に入りで、彼にマンクとオーソン・ウェルズの対立をもとにした脚本を書くことを提案したのはデヴィッド・フィンチャーだったという。

 デヴィッドは1990年代から映画化を模索していたが諸事情で実現せず、父ジャックは2003年に亡くなっている。その後、脚本は寝かせられていたが、Netflixから「撮りたい企画はないか?」と尋ねられ、『Mank/マンク』を提案したことから映画化が実現した。

 デヴィッド・フィンチャーは『フォレスト・ガンプ/一期一会』のエリック・ロスとともにジャックの脚本に手を入れているが、リライト前からすでにほぼ完成に近い出来だったという。具体的な着想から約30年。デヴィッドにとっては親から子へと受け継がれた念願の企画だった

『Mank/マンク』が白黒で撮られているのはなぜ?

Mank/マンク

 『Mank/マンク』のビジュアル的な一番の特徴は、白黒であること。監督のデヴィッド・フィンチャーは、『Mank/マンク』がモチーフにしている『市民ケーン』の映像スタイルをお手本にしたから。まるで1940年代に作られた映画のように見えることを目指したという。

 手前から遠景までピントが合っているディープフォーカスや、画面がフェードアウトする時に後景の光が微妙に残る特徴的なディゾルブなど、『市民ケーン』を特徴づけるさまざまな手法も再現。またデジタル撮影なのに、フィルムの傷やパンチ跡などがわざわざ合成で描き加えられている。

 音声も当時のようにモノラルにミックスされていて、音楽担当のトレント・レズナーアッティカス・ロスも40年代に存在する楽器しか使わなかった。

 『市民ケーン』を手本にしているのは映像や音だけではない。現在(劇中の1940年)と過去の時間軸が行ったり来たりしながら物語の全貌が見えてくる構成も『市民ケーン』へのオマージュであり、事前に『市民ケーン』を観ておくと「なるほど、フィンチャーはコレをやりたかったのか!」と合点がいくだろう。

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1934年のカルフォルニア州知事選挙の意味

Mank/マンク

 前述のジャック・フィンチャーが『Mank/マンク』の物語に取り入れた史実のひとつが、1934年に行われたカリフォルニア州知事選挙だ。

 当時のアメリカは世界恐慌の真っ只中で、貧しい人たちが大変な苦境にさらされていた。そんな民衆の支持を得たのが、社会主義運動家で作家のアプトン・シンクレア(映画『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)の原作者でもある)。シンクレアは「カリフォルニアから貧困をなくす」をスローガンに民主党候補として知事選に立候補したのだ。

 ところが富裕層を代表するハーストと映画業界が手を結び、シンクレアを落選させようと一大キャンペーンを張った。ハリウッドの映画人たちは自分の政治信条に関わらず反シンクレアのエゲツない運動に巻き込まれることになっていったのだ。

 『Mank/マンク』では、この選挙戦が、マンクの決断を左右する非常に大きな役割を果たす。劇中では詳しい説明がないので何が起きているのかわかりにくいという人もいるかも知れないが、上記のことさえ押さえていれば無駄に戸惑うことはないはずだ。

史実をベースにしているがノンフィクションではない

Mank/マンク

 『Mank/マンク』には、マンク、ウェルズ、ハースト以外にも実在の人物が大勢登場する。その大半はハリウッドの第一線で活躍した映画人たちだ。例えばマンクの実弟ジョセフ(トム・ペルフリー)は後に『イヴの総て』(1950年)や『クレオパトラ』(1963年)を手掛ける大物監督に出世。マンクの執筆のお守役をしているジョン・ハウスマンサム・トラウトン)は、その後も俳優、プロデューサーとして活躍しオスカーも受賞している。

 だが本作で一番知っていてほしいのは、決してノンフィクションではないということ。史実をベースにしていても大きく脚色されており、ほぼ創作された物語と言っていい。

 また場面転換の度にタイプライターで打たれた文字が画面に映り、「屋外か屋内か、場所、時間」と順番に表示されている。これは映画シナリオの体裁に合わせたもので、意識的に「この映画の物語は、脚本を書いた誰かがいるんですよ」と虚構性を強調しているのである。

 映像スタイルなどで『市民ケーン』を手本にしているのも、“映画を映画で包む”というメタフィクション的な効果を上げている。作品の背景を知れば知るほど、フィクションとノンフィクションの境目がわからなくなる。そんな迷宮に迷い込むのも、鬼才デヴィッド・フィンチャーが仕掛けた愉快な“ゲーム”なのではないだろうか。

Netflix映画『Mank/マンク』独占配信中

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