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名監督と名脚本家による、古くて新しいジュブナイルファンタジー『泣きたい私は猫をかぶる』

映画ファンにすすめるアニメ映画

 新型コロナウィルス以前の活況を取り戻そうと模索するアニメ映画の中で、今、注目を集めているタイトルがある。劇場公開からNetflixによる世界配信へ、いち早く切り替えてお披露目された『泣きたい私は猫をかぶる』だ。共同監督の一人を務めるのは、「美少女戦士セーラームーン」シリーズなど数々の歴史的タイトルを世に送り出してきた巨匠・佐藤順一。脚本家はテレビアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」などで、その地位を不動のものにした岡田麿里。メインスタッフの名前以外にも語るべきところの多い、作品内容について紹介したい。(香椎葉平)

※ご注意 なおこのコンテンツは『泣きたい私は猫をかぶる』について、一部ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。

泣きたい私は猫をかぶる
「ムゲ」と呼ばれている明るく陽気な主人公・笹木美代。Netflixアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』は全世界独占配信中 - (C) 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

【主な登場人物】

笹木美代(CV:志田未来
友達から「ムゲ」のあだ名で呼ばれる、中学2年生の女の子。あだ名の由来は、突拍子もない行動を取っては周囲を驚かせることが多く、何を考えているのか無限大なほど謎だから。

日之出賢人(CV:花江夏樹
美代の同級生。成績優秀で、父を亡くした家庭で将来の大黒柱として期待されている。陶芸家の祖父を尊敬し、本当はその道に進みたいと思っているが、言い出すことができずにいる。

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猫はいつも異世界への案内人

 猫が物語の本筋に登場すると、ほとんど例外なく、人間をここではないどこかへ連れて行こうとする。同じアニメ映画であれば、スタジオジブリの制作した『猫の恩返し』(2002)は、その典型だろう。『となりのトトロ』(1988)でも、幼いサツキとメイを送り届ける役割を担ったのは、巨大な猫の姿をしたバスだった。いきなり話が脱線して恐縮だが、この猫バスのユニークさ、『となりのトトロ』を観た黒澤明監督を感嘆させたのだとか。これらのタイトルに何らかの影響を与えたであろう、OVA(オリジナルビデオアニメーション)にもなった「猫町」をはじめとする萩原朔太郎の文学作品からしてそうだ。

泣きたい私は猫をかぶる
この子猫を中心に話は展開する。Netflixアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』は全世界独占配信中 - (C) 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

 話を戻そう。猫は強く人間を惹きつけどこかに導く、異世界への案内人となる作品も多い。『泣きたい私は猫をかぶる』もまた、人間が猫に対して、昔から抱いているイメージを下敷きに描かれているという意味では、典型的なファンタジーだ。

 悩み多き思春期の少女が、不思議な猫に導かれるようにして大冒険し、甘酸っぱいガールミーツボーイを果たすと同時に、少しだけ心も成長する。そんなよくある話なのに本作から新鮮さを感じるのは、登場人物の描き方が新しいからだろう。今まで誰も見たことがないほど斬新だったり個性的だったりするという意味ではなく、今を生きているという意味で。

泣きたい私は猫をかぶる
日之出賢人がかわいがる子猫は実は……。Netflixアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』は全世界独占配信中 - (C) 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

 典型的なだけのジュブナイルファンタジーにありがちなのが、登場人物の性格や行動まで、作り手である大人の願望を投影した内容に終始してしまうことだ。ひたすら純真なだけの世界は、鮮烈なノスタルジーを生み出す。ストーリーもファンタジーなのだから、多少はご都合主義であってもいい。けれど、登場人物やその生きる世界まで、ご都合主義なのはいただけない。

 『泣きたい私は猫をかぶる』の主人公・笹木美代は、天使のような人間ではなくごく普通の少女だ。欲望もあれば嘘もつくし、思春期ならではのエネルギーを持て余す感じで、憤りのあまり突飛な行動をとったりもする。継母と実の母との修羅場だって目の当たりにする。

 純真さだけでは渡り合えないこの世界で、美代は生きていかなければならないのだ。いつまでも、大人やこの世界にとって、都合のいい子供のままではいられない。だったら、どうすればよいのか? 生きにくい“今”から抜け出そうともがく美代が決めたのは、自ら猫になることだった。  

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かぶったまま脱げなくなってしまう猫?

 猫をかぶるというのは、よく考えると奇妙な言葉で、どんなものをかぶるのか、具体的なイメージがつかみにくい。猫の毛皮? アニメによく合う猫耳のアクセサリー? ニャーニャー鳴かないまでも、いかにも猫っぽいそぶり?

 ムゲ(無限大謎人間)こと笹木美代がかぶるのは、ある夏祭りの夜お面屋と称する謎の猫に譲り受けた、世にも不思議な猫のお面。それを着けると、かわいらしい子猫の姿に早変わり。子猫になりさえすれば、片想いの同級生・日之出賢人のもとを訪れて、思う存分にかわいがってもらえる。自分がムゲだと知られることのないまま。

泣きたい私は猫をかぶる
不思議な猫のお面を手にする美代。Netflixアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』は全世界独占配信中 - (C) 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

 変身していない時も、ムゲは猫をかぶっている。無限大謎人間という、やっぱりお面を着けているのだ。いつも空気を読まず突拍子もないことばかりして、能天気であっけらかんとしているキャラという偽りの顏。だが、本当の人間が、そんなふうにわかりやすいキャラであるはずがない。無限大謎人間のお面の下には、思春期の傷つきやすい心と孤独が隠されている。

 父にも父の再婚相手にも別居する母にも、誰にも勝手に、自分の気持ちを決めつけられたくないという思い。しかしわかってもらえない、うまく言えない、行動できない。みんなが思うような、無限大謎人間としてしかふるまえない。好きな人に好きだと言いたいが、言えない。いっそ、ずっとお面を着けたまま、子猫になったままでい続けられたら、何の悩みもなく生きて、大好きな人に猫かわいがりをしてもらえるのに。

 「猫をかぶる」という言葉には、猫のようにかわいらしくふるまってみせるという意味だけでなく、姿を偽ることで本当の自分を相手から遠ざけるというニュアンスも、強く含まれている。だから、ムゲは猫になればなるほど、日之出をはじめとする人間の言葉が、聞き取れなくなっていく。やがては完全な猫になって、自分が人間であることも忘れてしまうだろう……。

泣きたい私は猫をかぶる
日之出賢人を思い焦がれるいじらしい笹木美代。Netflixアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』は全世界独占配信中 - (C) 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

 着けた仮面が脱げなくなり、仮面の持ち主の側を取り込んで同化してしまうという物語も、猫にまつわる神話や伝説と同じくらい古くから伝わっている。「狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり(狂った人のまねだといって大通りを走ったら、それはもう狂った人なのだ)」。そんなことが書かれている吉田兼好の「徒然草」には、金属の器をかぶったまま脱げなくなってしまった男の逸話も収められている。

 時に狂人のようなムゲではなく猫でもない、脱げなくなる金属の器さながらの猫の仮面も着けていない、本当の自分はいったいどこにあるのだろう? 思春期のいわゆるアイデンティティークライシス(自己喪失)の問題は、どんなに古くから存在していようが、誰にとってもいつだって新しく、共感できるテーマでもある。

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「ジブリっぽさ」から一歩進んだ新しさ

 共同監督の一人に名を連ねるのは、佐藤順一。おとぎ話をベースにした子供向けアニメから、「美少女戦士セーラームーン」シリーズのような歴史的大ヒット作、「カレイドスター」シリーズ、「ARIA」シリーズ、「たまゆら」シリーズのような美少女アニメの傑作まで、ジャンルを問わない数々のタイトルを送り出してきた、アニメファンであれば知らぬ者のいない巨匠の中の巨匠だ。

 テレビアニメの代表作のひとつである「おジャ魔女どれみ」シリーズは、女児向けアニメでありながら現実に子供を取り巻くさまざまな問題を真正面から描き切った不朽の名作として、今も根強いファンを持つ。子供であっても天使ではなく人間として描くというスタンスは、その時から変わっていないようだ。

泣きたい私は猫をかぶる
明るく陽気に振る舞うムゲこと笹木美代。Netflixアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』は全世界独占配信中 - (C) 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

 ファンタジーアニメが発表される度に必ず言われるのが、「この作品、ジブリっぽいね」という感想だ。佐藤監督をはじめとする本作のメインスタッフが、「ジブリっぽさ」を意識していたのかどうかは、別にして。

 それでも、コアなアニメファンだけでなく万人に観てもらうことを狙った、ジブリっぽい雰囲気は確かにあると言いたい。同時に、「ジブリっぽさ」を超えていこうとする、新しさを十分に感じられるファンタジーだとも主張したい。どの登場人物からも、ジュブナイルならではの爽やかさの裏に、ジブリ作品にはない人間臭さを濃厚に感じるからだ。前述の、アイデンティティークライシスの問題をテーマとして際立たせている点もそうだ。脚本に起用された岡田麿里の、らしさが存分に発揮されている。

泣きたい私は猫をかぶる
猫に導かれた異世界とは? Netflixアニメ映画『泣きたい私は猫をかぶる』は全世界独占配信中 - (C) 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

 大ヒット作となったアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」や、監督作である『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018)で知られる岡田麿里に対するアニメファンの評価は、いわゆるお約束キャラでない人間臭い人間をアニメで描く脚本家、といったところだ。その人間臭さとは、いったい何か。さまざまなしがらみにとらわれて自分らしく生きられないことへの焦りや苦しみのように、筆者には思える。それこそが、彼女が一貫して描こうとしていることではないか。本当は無限大謎人間なんかではない等身大の笹木美代は、岡田麿里だからこそ書ける少女なのだ。

 猫に導かれた笹木美代の異世界との関わり合いは作品を観て確かめてほしい。彼女が父親の再婚相手に対して、日頃の不満をぶちまけるシーンがある。その時の顔つきが、筆者はとても好きだ。爆発するようにまくし立てようとしてもできない、ぬぐい切れない人のよさ。それでも懸命に怒ってみせようとして、甘えた幼児のように口を尖らせてしまう表情。

 それこそがおそらく、お面を脱いだ美代の素顔なのだ。決して美少女らしい顔つきとは言えない。けれど、その顔を一番愛おしいと思えるはずだ。

【メインスタッフ】
監督:佐藤順一、柴山智隆
脚本:岡田麿里
キャラクターデザイン:池田由美
演出:清水勇司
作画監督:加藤ふみ横田匡史永江彰浩村山正直薮本和彦石川準藤巻裕一植村淳小峰正頼橋本尚典石舘波子加藤万由子小野田貴之田澤潮
美術監督:竹田悠介益城貴昌
色彩設計:田中美穂
CGディレクター:さいとうつかさ
撮影監督:松井伸哉
編集:西山茂
音楽:窪田ミナ
企画:ツインエンジン
制作:スタジオコロリド
製作:「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

【声の出演】
志田未来
花江夏樹
寿美菜子
小野賢章
千葉進歩
川澄綾子
大原さやか
浪川大輔
小木博明
山寺宏一

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