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今夜2日『バック・トゥ・ザ・フューチャー』放送!マイケル・J・フォックスの現在

2021年、パーキンソン病のチャリティーイベントに出席した際のマイケル。
2021年、パーキンソン病のチャリティーイベントに出席した際のマイケル。 - Noam Galai / Getty Images for The Michael J. Fox Foundation

 今夜2日のフジテレビ系「土曜プレミアム」枠にて、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』リマスター版が地上波初放送される。主演のマイケル・J・フォックスは、2020年11月に2度目の引退宣言をしたが、61歳になった現在は何をしているのだろう。これまでのキャリアと近況に迫る。

【画像】マイケル・J・フォックスの若い頃(BTTF以前)

 マイケルは1961年6月9日、カナダのアルバート州エドモントン生まれ。父親は警察官で、彼の転勤と共にカナダ中を転々として育つ。15歳でカナダのテレビに出演、18歳で米ロサンゼルスに引っ越して、1980年に『オールナイト大学狂騒レース!』で映画デビュー。1982年放送開始のテレビドラマ「ファミリータイズ」で注目を集め、1985年に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に主演し一躍人気スターになった。

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 ちなみに、彼を人気者にしたこの2作は、最初は彼が主演する予定ではなかった。「ファミリータイズ」の役は、最初は後に『フェリスはある朝突然に』(1986)でブレイクするマシュー・ブロデリックがオファーされたが、マシューはテレビドラマで長期間拘束されるのを懸念して引き受けず、マイケルが出演して1989年まで続く人気作になった。

 また、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)は、ロバート・ゼメキス監督の第一候補はマイケルだったが、彼が出演中の「ファミリータイズ」の撮影と重なったため実現せず、『初体験/リッジモント・ハイ』(1982)のエリック・ストルツが主演することになった。しかし、数週間撮影した後、製作陣はこの配役が適切ではないと判断して、マイケルに再度出演交渉し、マイケルも引き受ける。ただし「ファミリータイズ」と掛け持ちしなくてはならなかったため、マイケルは2つの撮影現場を行き来して、睡眠不足の日々を過ごすことになった。こうして彼の代表作が生まれたのだ。

 映画は世界中で大ヒットして、続編2作、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(1990)が製作され、マイケルはその間にも『摩天楼(ニューヨーク)はバラ色に』(1986)、『再会の街/ブライトライツ・ビッグシティ』(1988)、『カジュアリティーズ』(1989)と話題作に出演した。

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マイケル・J・フォックス
マイケル一家!(左からスカイラー、エズメ、マイケル、トレイシー、サム、アクイナ)Nicholas Hunt / Getty Images

 私生活も順調で、1988年に「ファミリータイズ」で共演したトレイシー・ポランと結婚し、1989年に長男サムが生まれた。ハリウッドのカップルは離婚率が高いが、2人は現在もオシドリ夫婦のまま。1995年には双生児の娘アクイナとスカイラー、2001年には娘エズメが生まれている。

 だが、そんな時に彼が直面したのが若年性パーキンソン病だった。マイケルは1998年にこの病気を公表し、2000年には出演中だったテレビドラマ「スピン・シティ」シリーズを降板し、俳優活動を引退。治療に専念することになった。そして、マイケル・J・フォックス パーキンソン病リサーチ財団を設立し、この病気の研究に協力する活動を開始した。

 とはいえ、この引退は長くは続かなかった。2004年頃からテレビ番組のゲスト出演などで活動を再開し、2010年から2016年にはテレビドラマ「グッド・ワイフ」シリーズに準レギュラーとして出演。2013年には久々の主演番組「マイケル・J・フォックス・ショウ」もスタートさせた。

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 そんなマイケルが2度目の引退宣言をしたのは、2020年11月に刊行された彼の4冊目の著作「No Time Like the Future: An Optimist Considers Mortality(原題)」の中でのこと。彼はこの著作の中で「1日に12時間働いて台本の7ページも続くセリフを覚えることが出来た時代は過ぎ去った」と記憶力に問題が生じていることを綴り、「今、私は2度目の引退を迎えている」と書いたのだ。

 しかし、引退はあくまでも俳優業でのことだろう。マイケルは今も精力的に活動している。その分野は執筆業。彼が最初に書いた自伝「ラッキーマン」(2002)は、「この病気にならなければ、これほど深くて豊かな気持ちになれなかった。だから自分をラッキーマンだと思う」というポジティヴなメッセージで世界的ベストセラーになった。続いて「いつも上を向いて:超楽観主義者の冒険」(2009)、「マイケル・J・フォックスの贈る言葉ーー未来へ踏みだす君に、伝えたいこと」(2010)を執筆し、日本でも翻訳が刊行されている。マイケル自身、書くことは楽しいと語っており、この分野での活動はこれからも続いていくだろう。

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 また、今年に入って彼が登場したのが、コメディアンのマイク・バービグリアのポッドキャスト番組。マイケルは、映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のレオナルド・ディカプリオ演じる俳優が、鏡に映る自分の姿を見て絶望するシーンを見て、自分はあんな思いをしたくないと思ったことや、自分がセリフを忘れてしまったときパニックにならなかったことに逆に驚いたことなどを語った。こうしたポッドキャストへの出演は、今後もありそうだ。

 そして、今年6月にアカデミー賞を主催する米映画芸術科学アカデミーが、映画界への貢献賞であるジーン・ハーショルト友愛賞をマイケルに授与することを発表。この賞は、これまでポール・ニューマンオードリー・ヘプバーンらが受賞している名誉ある賞。さらに、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のミュージカル舞台が、2023年にブロードウェイで上演されることも発表された。このように、マイケルの活躍と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、マイケルが2度目の俳優業引退宣言をした後も続いていくに違いない。(文・平沢薫)

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